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神も仏もあるものか

 先日、会社の取引先の方で、「ヨブ記を読んでいる」
 という方に会いました。

 ヨブ記は、旧約聖書の中に収められている書物のひとつです。

 この方はクリスチャンではないのですが、東北の大震災以来、
 思う所があって、ヨブ記を読んでおられるのだそうです。


 そのヨブ記とは、どんなものなのかと言いますと、
「世の中、何でこんなに悲惨な事が起こるの?」
 …ということです。

「神も仏もあるものか!」ということでもあります。


 ところで、ヨブとはどのような人だったのでしょうか?

 それはそれは正しい人でした。
 聖書では、ヨブのことを「義人」と言っております。
 そのヨブが、特に理由もないのに大変な災難にあいます。

 子ども達全員が事故で死に、全財産を奪われ、
 ヨブ自身はひどい悪性の皮膚病に冒されました。

 しかし、それでもヨブの信仰はゆるぐことがなく、
 神様を次のようにほめたたえるのです。


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  私は裸で母の胎から出て来た。
  また、裸で私はかしこに帰ろう。
  主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。

   聖書 ヨブ記 1章21節

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 その後、ヨブの元に3人の友人がやってきます。

 苦しんでいるヨブに対して「何かよほど悪いことをしただろう!」
 と責めます。 …いわゆる「因果応報」の理屈です。


 これに対して、神様が直接介入されて、ヨブの目を開けます。

 ヨブはついに、全能の神様に比べたら自分が塵のように卑小な
 存在に過ぎないことと、苦難の背後にある神様の大いなる
 ご計画について悟るのです。

 神様は、ヨブの財産を2倍に戻され、ヨブは以前に増して
 幸せな人生を送ることとなりました。


 さて、冒頭の話に戻りますが、大震災を目の当たりにして、
「神様がいるなら、なぜこんなひどいことをするのか!」
 と怒る人もおられるでしょう。

 しかし、私達人間は、全能者である神様を被告席につけ、
 私達が裁判官になることはできません。

 むしろ、被告席につくべきは、私達人間です。


 神様は、災いを通して、私達が全能の神様に出会うことを
 願っておられるのです。
 


         <今日の英語の聖句>

   Naked I came from my mother’s womb, and naked I will
 depart. The LORD gave and the LORD has taken away;
may the name of the LORD be praised.

          Bible(Job 1:21)


〔私は裸で母の胎から出て来た。また、裸で私はかしこに帰ろう。
 主は与え、主は取られる。主の御名はほむべきかな。〕

   聖書 (ヨブ記 1章21節)
by danueno | 2011-11-16 15:47 | 編集後記


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