余命一年の少女、ヴィクトリア

 先日、「心臓病と闘う少女 ヴィクトリア」という番組を見ました。

 心臓移植手術で一命をとりとめたスウェーデンの少女の話です。

 手術後に発した少女のひとことが、非常に印象的でした。



 ヴィクトリア・ラーションは、心臓の左心室がほとんど

 欠落している状態で産まれました。


 数回の心臓手術を受ける事で命を繋ぎとめていたのですが、

 8歳の時、病状が悪化。 唇の色が紫がかり、普通に歩いていても

 息を切らすことが多くなったのです。


 医師から「心臓移植をしない限り余命は一年」と宣告され、

 ヴィクトリアの両親は直ちに心臓バンクに登録。

 しかし、子どもの心臓が見つかる可能性は極めて低く、

 半年が過ぎてもドナーは現れませんでした。


 ところが、余命1年と宣告された日から343日目、

 待ちに待ったドナーが現れました。


 さっそく心臓移植手術が始まり、大成功のうちに終わりました。

 しかし、手術の後、驚くべき回復を見せたヴィクトリアは、

 喜ぶ両親に意外な言葉を語ったのです。


  「誰かが私のために死んだのね」


 幼いヴィクトリアは、見知らぬドナーから授かった命の尊さを、

 誰よりも理解していたのでした。



 ところで、番組を見ていた私は、少女のひとこときいて、

 あることを連想しました。


 それは私の愛読書である聖書の一節です。

 そこには、イエス・キリストがこの世に来てくださったのは、

 人類の罪の贖いの代価として、ご自分のいのちを与えるためである、

 と書いてあります。


 神の御子が、あなたのために死なれました。

 ですから、信じる者は、罪のもたらす滅びから免れ、

 永遠のいのちが与えられます…と。




     Just as the Son of Man did not come to be served,

  but to serve, and to give his life as a ransom for many.

      BIBLE(Matthew 20:28)


 〔人の子が来たのが、仕えられるためではなく、かえって仕える
ためであり、また、多くの人のための、贖いの代価として、
自分のいのちを与えるためであるのと同じです。〕

             聖書 (マタイ伝 20章28節)
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by danueno | 2010-06-02 14:42 | 編集後記


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