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SIMの英会話習得法

        「日本人に最適の英語学習法」
  
     

 今日から新シリーズが始まります。
 タイトルは、「日本人に最適の英語学習法」です。


 では、さっそく始めましょう。
 さて、今日のタイトルですが、これは「日本人に…」という所が
 ミソです。

「日本人にとって」最適な英語学習法は何だろう?ということです。

 日本人が最も得意な言語は、言うまでもなく日本語ですね。

 最近は、日本語さえあやしい、という人が増えているようですが、
 まあそれでも日本人ならばたいていの場合、英語やドイツ語より
 日本語の方が得意でしょう。


 ならば、その日本語を英語学習に使えないか?
 ということです。

 せっかく、私たちは日本人に生まれたのですから、
 日本人である特性をフルに発揮できないでしょうか、
 ということです。



 英文とSIM訳は、下記の通りです。

 ------------------------------------------------------------
 
   They say good things come to those
   人は、よい事は人々にやってくると言います

   who wait,
   待つ(人々に)

   but the patient singer
   しかし忍耐強い歌手は

   you’re about to meet
   あなたが今、会おうとしている(歌手は)

   never imagined
   思いもしませんでした

   how one night would change her life forever.
   一晩が彼女の人生をこんなに変えるとは、永遠に。

 ------------------------------------------------------------


 いかがですか?

 これが、スーパーエルマーに採用されている学習理論、
 Hop,Skip&Jump(ホップ、スキップ&ジャンプ) の中の
 Hopです。


 Hopではこのように、英文がセンスグループ、
 つまり意味のまとまりごとに句切られ、その直後に
 日本語の同時通訳がついています。

 これは、みなさんおなじみの「SIM同時通訳方式」が
 実際の音声になったものです。

 つまり「英語/日本語」の部分を、
 ネイティブの英語と、日本人のSIM訳の読みが、
 交互に録音されています。

 
 実はこのHopが、リスニング学習に非常な効果を発揮します。

 なぜなら、この Hopで訓練すると、
 英文を最後まで聞き終えてから意味を考えるという、
 日本人特有の悪いクセが無くなり、「英語の語順」で
 内容が理解できるようになるからです。


 ところが、このHop音声に対して、こんなことを言う人がいます。

「ブツ切れの英語に日本語が混じって違和感がある」

 さらには、「英語は英語だけで理解すべきじゃないの?」
と言う人もおられます。


 いかがでしょうか?
 皆さんは、どう思われますか。


 実は、これらの意見は、
 大きな誤解なのです。


 それは、どういうことでしょう。


 …続きは、また来週。


            … お楽しみに!
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by danueno | 2011-06-29 16:12 | SIMうんちく

蝶とさなぎ

 先日、「蝶とさなぎ」という素晴らしい物語を読みました。

 蝶の脱皮を見ていたひとりの男性が、
 あまりに時間がかかるので、ハサミで切って脱皮を助けた、
 というお話しです。

 …それから蝶はどうなったのでしょう。

 何と死んでしまったのです!

 ここに私は、深ーい人生の真理を感じます。
 では、全文ご紹介します。


-------------------------------------------------------------


        蝶とさなぎ
     
 
 一人の男が蝶のさなぎを見つけた。

 ある日、そのさなぎに小さな穴が開いた。
 蝶がもがきながらその穴から外に出ようとするのを、
 男は座って何時間も眺めていた。

 しばらくすると、進展がなくなったように見えた。
 出られるところまで出たものの、これ以上は動けない
 様子だった。


 そこで男は蝶を助けてやることにした。
 ハサミを持ってきて、残っていたさなぎを切り落としてやった。
 蝶はするりと出てきた。しかしその胴体はふくれあがり、
 羽は小さく縮れていた。

 男は、羽はすぐに伸びて大きくなり、胴体も収縮して
 うまくバランスが取れるようになるだろうと、
 そのまま蝶を見ていた。

 しかし、期待したことはどちらも起きなかった。
 それどころか、蝶は死ぬまで縮れた羽とふくれあがった胴体を
 引きずって、あたりを這い回ることしかできなかった。
 最後まで飛ぶことはなかった。


 蝶が窮屈なさなぎの小さな穴からもがきつつ出て来ることは、
 体液を胴体から羽へと循環させるために神が定めた方法であり、
 その過程を通ってこそ蝶はさなぎから出て来た時に、
 羽を広げて飛ぶことができる。

 親切心で先を急いだこの男は、その神の摂理を理解していなかった。


 私たちの人生でも、まさにもがき苦しむことが必要な時がある。
 もし神が何の苦労も与えないのなら、私たちもまたあの蝶のように
 なるだろう。

 試練を通り越えてこそ強くなれるのだ。
 そうでなければ決して飛ぶ事はできない。



    No temptation has overtaken you except what is common
  to mankind. And God is faithful; he will not let you be
  tempted beyond what you can bear. But when you are tempted,
he will also provide a way out so that you can endure it.

         BIBLE (1 Corinthians 10:13)


 〔あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものでは
  ありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐える
  ことのできないような試練に会わせるようなことはなさい
  ません。むしろ、耐えることのできるように、
  試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」〕

          聖書 (1コリント人への手紙 10章13節)
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by danueno | 2011-06-29 16:11 | 編集後記

「一致の法則」続き

  
 今日は、「一致の法則」の続きです。

 さっそく、復習をしましょう。
 まず例文です。


 -------------------------------------------------------

   Don't you have any New Year's cards left?

 -------------------------------------------------------


「年賀ハガキはもうないの?」という質問に対して、
 日本語的な感覚で「はい、もうありません」と答えるつもりで
 Yes.と始めてはいけない、ということでしたね。

 なぜなら、Yes, we do not. という文章は、
 英語では成り立たないんです。


 英語では、「ない」のであれば必ず No で始めなければなりません。
 No, we do not. ですね。

 
 つまり「年賀ハガキはもうないの?」という質問に対して、
 英語では、「いいえ、もうありません」と答えるのですね。
        ~~~~~~
 これは、日本人の感覚では無理があるのですが、
 とりもなおさず、それが英語ネイティブの感覚なんです。


「どんな疑問文であろうと、Yes の後は肯定の内容が、
  No の後は否定の内容が続かなければならない」
 ということですね。 


 ですから、日本語の「はい」、「いいえ」を類推して、
 Yes, Noを使うわけにはいきません。



 …ここまでが、前回のお話でした。
 今日は、この続きです。


 実は、「Yesは肯定が、Noは否定が続かなければならない」
 というこの法則は、英語の動かすことのできない法則です。

 というか、この法則は、ヨーロッパの言語に共通する
 大原則なんですね。


 そこで、Yes, Noの応対をする時には、
 Yes.または No.で止めないで、必ず、Yes, we do. または、
 No, we do not. まで言う習慣を身につけましょう。

 こうしておけば、先の質問に対して、
 Yes, we do not.という間違った答えが出るはずがありません。


 これに対して、Yes.または No.だけで止める癖がついていると、
 容易に間違ってしまいます。

 しかも、それが間違っていることすら気付かないのです。


 では、次の例文にいきましょう。

 ------------------------------------

    Are you Mr. Yamada?

 ------------------------------------

 この質問に対して、No, I am not. と答えたとします。

 ところが、これに対して相手が Oh, no?と念を押してきました。
 すると、多くの日本人が、Yes.と言ってしまいがちです。


「山田さんではないのですか?」に対して、日本語では、
「はい、山田ではありません」と言いますから、つい英語でも、
Yesと言ってしまう、ということなのです。

 英語では、ここでも No でなければなりません。

 何回念を押されても、I am not Mr. Yamada.であることは
 変わらないのですから、Noですね。


 これがどんな場合でも、正しくできるようになるまでは、
 No, I am not. まで言う習慣をつけなければなりません。

 この習慣で応答していると、Yesは肯定が続き、Noは否定が続く
 という法則が身についてきます。


 この法則が完全に身についてしまえば、たとえ Yes.または、
 No.で止めた場合でも、頭の中では、その後の部分がひらめいて、
 正しい英語が使える、というわけですね。



      …この続きはまた次回。


                … お楽しみに!
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by danueno | 2011-06-22 17:20 | SIMうんちく

森永製菓の創業者/我は罪人のかしらなり

 森永のミルクキャラメルといえば、
 可愛らしいエンゼルマークとともに、独特の濃厚な味を
 なつかしく思い出す人も多いでしょう。

 しかし、創業者の森永太一郎さんがクリスチャンであるとは、
 一部の人しかご存じないことでしょう。


 森永太一郎さんは、佐賀県伊万里で豪商の家に生まれました。

 しかし、幼少の頃父の死に合い、一家は財産を失って、
 太一郎さんは、親戚をたらい回しにされて育てられたため、
 12歳になっても字が読めず、寂しい無口な子でした。


 その太一郎さんも大人になり、日本の陶器を売ろうと
 一念発起して単身渡米しますが、全く売れませんでした。

 公園のベンチにひとりぽつんと座っていると、
 老婦人がキャンデーを太一郎さんに勧めてくれました。

 そのうまさに感動した太一郎さんは、「洋菓子職人になろう!」
 と決心したのです。


 しかしアメリカは人種差別がひどく、日本人には雑用の仕事
 ぐらいしかありません。仕方なく雑用をしながらチャンスを
 待ちました。

 オークランドの老夫妻の家に流れ着いた時が転機でした。

 老夫妻は熱心なクリスチャンで、太一郎を対等の人間として扱い、
 決して見下すことはなかったのに感激し、彼も信仰の道に
 入りました。


 信仰の喜びを得た太一郎さんは、洋菓子職人の夢を捨て、
 日本に帰って伝道者になろうと決心をしました。

 アメリカから帰国した太一郎さんは、さっそく故郷で
 福音を説いてまわったのですが、「頭がおかしくなった」
 と思われるだけで誰にも相手されず、養子先からも離縁される
 始末でした。


 そこで、太一郎さんは再び奮起し、製菓技術を学ぶために渡米。
 激しい人種差別に耐えて遂に技術を取得し、赤坂の溜池に
 二坪の小屋を借りると「森永西洋菓子製造所」を開業しました。

 マシュマロを作って菓子屋に卸すと、これが好評で
 飛ぶように売れました。


 この成功に勇気を得た太一郎さんは、宣伝販売をするために
 ガラス張りの屋台式箱車を作らせ、その中にチョコレート、
 キャンデー、ケーキを積んで町を歩きました。

 屋台の屋根には、次のような聖句を書いた看板が
 打ち付けられていたそうです。

------------------------------------------------------------

  キリスト・イエス罪人を救わんために、世に来たりたまえり。
 義は国を高くし罪は民をはずかしむ。

------------------------------------------------------------

 森永製菓は、容器の上げ底をしない、品質本位、厳格な
 衛生管理など誠実な仕事ぶりも評判を呼び、やがて
 ミルク・キャラメルがヒット商品となって、
 全国的に有名になったのでした。


 太一郎さんは、社長の職を退いた後、
「我は罪人の頭なり」と題して、全国の諸教会で、
 力強く伝道をして回られたそうです。



    On hearing this, Jesus said to them,
 “It is not the healthy who need a doctor, but the sick.
  I have not come to call the righteous, but sinners.”

         BIBLE (Mark 2:17)


 〔イエスはこれを聞いて、彼らにこう言われた。
 「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。
  わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために
  来たのです。」〕

          聖書 (マルコ伝 2章17節)
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by danueno | 2011-06-22 17:19 | 編集後記

SIMの英会話習得法

         「一致の法則」 その2 
  
     

 第一回と第二回は、「答えのヒントは問いの中に」
というテーマでお話ししました。
 
 ちょっと復習しましょう。

 疑問詞のない疑問文に対する応答には、
 ひとつの法則がある、ということでした。


 たとえば、Is this your first visit to Japan? のように、
 疑問詞のない疑問文に対する応答では、質問の文頭の語句、
 Is this が応答の締めくくりに it is となって
 必ず出てきます。

 ですから、質問の答としては、質問の文頭の語句を、
 オウム返しに言えば自動的に成立することになります。

 要するに、答のヒントは問いの中にある、
 ということでした。


 Is this…your coat? という問いだと、
 「はい」の場合は、 Yes, it is.
「いいえ」の場合は、 No, it is not. でしたね。


 Did you come here … yesterday? という問いだと、
 「はい」の場合は、 Yes, I did.
「いいえ」の場合は、 No, I did not. でしたね。


 このように、必ず問いの中に答のヒントがあります。

 疑問詞のない疑問文の最初の語句と、
 応答の Yes, No の後の語句が対応して現れる事実から、
これをSIMでは、「一致の法則」と呼ぶ、
 ということでした。

 

 …今日は、この続きです。

 テーマは、「一致の法則 その2」です。


 昨年暮れのことですが、郵便局の窓口で、
「年賀はがきはもうないの?」と尋ねている人がいました。

 それに対して、郵便局の人が、「はい、もうありません」と
 答えていました。


 私は、これをききながら、非常に面白いと思いました。
 もちろん、これは日本語としては正しいものです。

 ところが、このような応答に慣れてしまっている日本人は、
 これを英語で表現する場合に、間違えやすいものです。

 たとえば、下記の疑問文をご覧ください。

 
 -------------------------------------------------------

   Don't you have any New Year's cards left?

-------------------------------------------------------


「年賀ハガキはもうないの?」という質問に対して、
 日本語的な感覚で「はい、もうありません」と答えるつもりで
 Yes.と始めたらどうでしょう。

 もちろん、Yes, の後に、we do not. とは続きません。

 英語では、Yesは必ず、we do.に連なります。
 ですから、Yes, we do not.にはなりません。
 

 Yes,と言い始めたら、必ず、we do.になり、
 No,で始まったら、必ず、we do not.になります。

 ですから、答は、No, we do not. ですね。

 
 つまり「年賀ハガキはもうないの?」という質問に対して、
 英語では、「いいえ、もうありません」と答えるのですね。
        ~~~~~~

 これは、日本人の感覚では無理があるのですが、
 とりもなおさず、それが英語ネイティブの感覚なのです。


ですから、日本語の「はい」、「いいえ」を類推して、
Yes, Noを使うわけにはいきません。


 疑問文の形にかかわらず、
 英語では yes は肯定の文とともに使われ、
 no は否定の文とともに使われる …ということですね。


 これを、「一致の法則 その2」と呼ぶことにしましょう。


        …この続きはまた次回。


                … お楽しみに!
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by danueno | 2011-06-15 15:32 | SIMうんちく

サンダース・ホーム開設者、澤田美喜さんの人生の秘訣

 今はハーフというと、「かっこ良い」ともてはやされる時代ですが、
 戦後の混乱の中で進駐軍と日本女性の間に生まれた混血児たちは、
 ひどい差別の果て、捨てられる子も多かったと言います。

 サンダース・ホームの開設者、澤田美喜さんは、
 そんな子ども達のために生きようと決意したのですが、
 そのきっかけは、次のような出来事でした。


 1946年のある日のこと、美喜さんは列車の中にいました。

 ガタッと列車が揺れた拍子に、網棚から紫の風呂敷が、
 美喜さんの膝の上に落ちてきました。


 網棚に戻そうとすると、包みを不審に思った警察が寄ってきて、
 開いて見せることを要求しました。

 言われた通り、風呂敷きを開いてみると、そこには、
 生まれたばかりの黒人嬰児の遺体がありました。

「きさま、敵国の混血児を生みちらかして、捨てようとしたか!」


 てっきり美喜さんを母親だと思い込んでの警官の怒声に、
 彼女はきっぱりと言い切りました。

「この列車にお医者さんが乗っていらしたら、すぐここに呼んで
 私をお調べください。今すぐにでも私は裸になりましょう。
 私が生後数日の子を産んだ体か、さあ!ここで診察してください!」


 結局、他の若い女が網棚に置いて降りていったという乗客の証言で、
 無事放免されましたが、美喜さんはこの出来事を通して、
 耳元にささやく、静かな神様の御声を聞いたのです。

「もし、お前が、たとえいっときでもこの子供の母とされたのなら、
 なぜ日本国中の、こうした子供たちの、その母となって
やれないのか」
 
 後に、彼女は著書の中でこの時のことを振り返り、
「私の残る余生をこの仕事にささげつくす決心をした瞬間でした」
 と著わしています。


 美喜さんの孤軍奮闘が始まりました。

 混血児問題は、日本政府も進駐軍も避けて通りたかったので、
 誰も手を差し伸べることがありませんでした。

 そんな中、自分の持ち物を全てお金に換え、借金までして、
 進駐軍に接収されていた大磯の別荘を買い戻しました。

 すると、さっそくこの孤児院に混血児たちが送られてきました。

 列車の中に、駅の待合室に、公園に、道端に置き捨てられた、
 髪のちぢれた子、色の黒い子、目の青い子どもたちを、
 美喜は迷わず引き取り、懸命な看護を続けました。


 そこに、不思議な神様の恵みがありました。
 日本で長く暮らしいたエリザベス・サンダー女史が高齢で召されると、
 その遺産が美喜の孤児院に贈られることになったのです。

 これを記念して、孤児院は「エリザベス・サンダース・ホーム」と
 名付けられました。


 美喜さんの戦いはその後も続きましたが、世の中の偏見や、
 日本政府、進駐軍の圧力に屈することなく、美喜さんは32年間に
 2000人以上の孤児を育て上げ、社会に送り出したのでした。

 美喜さんの人生の秘訣は祈りでした。
 彼女はしばしば、夜を徹して十字架の下にひざまずき、
 涙のうちに祈り明かしたといいます。




    Call to me and I will answer you and tell you great
  and unsearchable things you do not know.

         BIBLE (Jeremiah 33:3)


 〔わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、
  あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、
  あなたに告げよう。〕

          聖書 (エレミヤ書 33章3節)
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by danueno | 2011-06-15 15:31 | 編集後記

「SIMの英文法」その92 【「SIMの英会話習得法」 その2】

     * 「SIMの英会話習得法」 その2 *
          
    

 前回から新シリーズ「SIMの英会話習得法」が始まっています。

 第一回目は、「答え」のヒントは「問い」の中に、でした。
 ちょっと復習してみましょう。
 


 疑問詞のない疑問文に対する応答には、ひとつの法則がある、
 ということでした。


 たとえば、Is this your first visit to Japan? のように
 疑問詞のない疑問文に対する応答では、
 質問の文頭の語句 Is this が応答の締めくくりに
 it is となって必ず出てきます。


 ですから、質問の答としては、質問の文頭の語句を
 オウム返しに言えば自動的に成立することになります。

 要するに、答のヒントは問いの中にある、ということです。



 ごく簡単な例で説明しましょう。


  
     ※「…」はセンスグループの切れ目を表します。

 -------------------------------------------------

  <1> Is this…your coat?


     → Yes, it is.

      → No, it is not.


<2> Did you come here … yesterday?

 
   → Yes, I did.

   → No, I did not.


<3> Did he come to school…the week before last?


    → Yes, he did.

→ No, he did not.


----------------------------------------------------------


 いかがでしょうか。

 このように、問いの中に答のヒントがあります。



 今日は、この続きです。

 下記のような問いには何と答えますか。
 やってみてください。



 ----------------------------------------------------------

  <4> Were you at the meeting…last week?
  
 -----------------------------------------------------------


 まず、疑問文が Were you となっていますので、
 答は、I was になって現れることをサッとつかみます。

 ですから、Yesの場合は…

        Yes, I was. です。

 Noの場合は… 

        No, I was not. となりますね。




 このように、疑問詞のない疑問文の最初の語句と、
 応答の Yes, No の後の語句が対応して現れる事実から、
 これをSIMでは、「一致の法則」と呼ぶことにします。


 ただし、質問の中の Did は助動詞で、応答の中の did は
 代動詞である場合もあるので、どんな場合でも文法的に
 一致するものではありません。

 したがって、この法則はあくまでも便宜上のものです。


 疑問詞のない疑問文に対して応答するのに、必ずしも常に
 このような答をしなければならないというものでは
 ありません。


 しかし、基本としては、これが常にきちんとできるように
 なっていなければなりません。

 このことをおろそかにして、Yes, Noだけで済ます癖がついて
 いると、「日本語と英語の違い」から来る、思わぬ落とし穴に
 落ちることがありますよ。


        …この続きはまた次回。


                … お楽しみに!
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by danueno | 2011-06-08 15:38 | SIMうんちく

辛いこと悲しいことが起こる意味?

 私たちが遭遇するすべてのことは、
 実は神様から来るのだ、と聖書には書いてあります。

 悲しいこと…、うれしいこと…、
 腹立たしいこと…、楽しいこと…etc、

 それらすべてが、神様によって計画され、
 私たちにもたらされる、と聖書に書いてあるのです。


わたしは光を造り出し、やみを創造し、平和をつくり、
   わざわいを創造する。わたしは主、これらすべてを造る者。

     聖書(イザヤ書 45章7節)



 神様が光を造り出し、平和を造られるのはわかります。
 お造りになった人間を、神様は愛しておられるからです。

 ですが、なぜ神様は、やみを創造し、
 わざわいを創造されるのでしょうか?

 ここを読んだ人の中には、「余計なことするな!」
 と怒る方がおられるかもしれません。


 ちょっと聖書の弁護をしておきますと、
 世の中に起こるわざわい、好ましからざる事は、
 神様の意地悪ではなく、私たちへの訓練なのです。


 たとえば、私たちが子どもであった時、
 親から様々な訓練を受け、しつけられたことでしょう。

 そして、年齢に応じて、学校や地域社会で訓練を受け、
 長じては会社で訓練を受けます。


 子どもはそのような訓練を経て、未熟な状態を脱し、
 社会人として一人前になれるのです。

 ですから、親や先生、そして上司から訓練を受けられず
 大人になった人は可哀想です。

 未熟なままで大人になったら、社会の厳しい荒波に
 耐えられないからです。


 これと同じように、神様も私たち人間を、
 子として扱っておられるので、様々な人生の訓練を、
 私たちに与えてくださいます。

 人生の訓練はその時は辛くて、泣きたくなるような事も
 あるでしょう。

 しかし神様は、人生の訓練を通して私たちを鍛え、
 同時に必要な助けと導きを与えてくださり、最終的には、
 私たちを大いに祝福してくださるご計画なのです。



    “For I know the plans I have for you,”
  declares the LORD, “plans to prosper you and not
  to harm you, plans to give you hope and a future.”

         BIBLE(Jeremiah 29:11)


 〔わたしは、あなたがたのために立てている計画を
  よく知っているからだ。――主の御告げ。――
  それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、
  あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。〕

          聖書 (エレミヤ書 29章11節)
 



★福音メッセージ「苦しみの目的」
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by danueno | 2011-06-08 15:37 | 編集後記

「SIMの英文法」その91

     * 「SIMの英会話習得法」 その1 *
          
    

 前回まで、「SIMの発音習得法」シリーズでお話ししましたが、
 今日から数回にわたって「SIMの英会話習得法」というテーマで
 お話しします。
 

 第一回目は、「答え」のヒントは「問い」の中に、です。
 では、さっそくスタートしましょう。
 


 テレビなどでは、世界各国から来日した人々のインタビューを
 見聞きする機会が多くあります。

 その中で、たとえば、Is this your first visit to Japan?
 という質問に対して、Yes, it is. と省略されずに、
 きちんと対応されるのを見るのは気持のよいものです。


 そうなのです。私たちも、このような問いに対して、
 Yes だけで済ませてはいけません。

 学校英語では、簡略化して Yes だけを言うことが推奨されて
 いますが、会話としては稚拙です。


 それに、これでは英語のトレーニングにはなりません。

 Yes, it is. と最後のSVまできちん言うこと、
 実はここに、英語上達の秘訣が隠されているのです。
 


 疑問詞のない疑問文に対する応答には、
 ひとつの法則があります。

 たとえば先の例文、Is this your first visit to Japan?
 のように疑問詞のない疑問文に対する応答では、
 質問の文頭の語句 Is this が応答の締めくくりに
 it is となって必ず出てくるのです。

 ですから、質問の答としては、質問の文頭の語句を
 オウム返しに言えば自動的に成立することになります。

 要するに、「答のヒントは問いの中にある」ということです。


 ごく簡単な例で説明しましょう。

 -------------------------------------------------

   <1> Is this…your coat?

        → Yes, it is.

        → No, it is not.

 --------------------------------------------------


 Is this…your coat?(これは、あなたのコートですか)
 ときかれたら、冒頭の Is this をオウム返しに
 くっつけるだけです。

 すると Yes, it is. になります。
 Noだったら、No, it is not.ですね。


 
 ---------------------------------------------------

   <2> Did you come here … yesterday?

         → Yes, I did.

         → No, I did not.

 ----------------------------------------------------


 Did you come here … yesterday? ですから、
 (あなたはここに来ましたか … 昨日)
 質問の Did you の部分が、答えの I did の部分に
 対応して現れます。

 「はい」なら、Yes, I did. であり、

 「いいえ」なら、No, I did not. ですね。


 もうひとつ例文です。


 ---------------------------------------------------------

  <3> Did he come to school…the week before last?

        → Yes, he did.

        → No, he did not.

 ----------------------------------------------------------


 質問の Did が助動詞であるのに対して、答えの he did の
 didは、came の代りをする代動詞です。

 したがって、Did と did は文法上は同じものではありませんが、
 外形上同じなので、Did が応答の中で did になって現れる、
 と考えておけば便利です。


 ちなみに、No, he did not.の did は助動詞です。



      …この続きはまた次回。



                … お楽しみに!
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by danueno | 2011-06-01 17:15 | SIMうんちく

不思議な助け

 今日は、ノーベル文学賞を受けたアメリカの女流作家、
 パール・バックのお母さんである
 キャロライン・サイデンストリッカーさんについてご紹介します。
 
 パール・バックの「大地」は私も昔読みました。
 重厚長大な、まさに中国の大地そのものを思わせる長編小説
 でした。


 さて、彼女のお母さん、キャロラインさんはクリスチャンで、
 伝道のために中国の農村に住んでいました。

 外国人に対して偏見と差別があるのは世界共通のことでしょうか、
 当時の中国においてもキャロラインさんの一家は、
 村人から心ない仕打ちを受けたものでした。


 ある年のこと、ひどい干ばつが続き一滴の雨も降りません。
 田は渇き、ひびが割れ、田の稲は枯れていきました。

 そんなある日のこと、
「雨が降らないのは西洋人が村に入ってきたせいだ」、
 と怒った村人たちがキャロラインさんの一家を殺しに来る、
 という情報が入ってきました。


 キャロラインさんは驚きましたが、
 部屋にこもって静かに祈りはじめました。
 すると、胸の奥から湧いてくる強い力を感じました。

 やがて彼女の心は、
「神様がついていらっしゃる。すべてを神様にお任せしよう」
 という平安な思いに満たされたのでした。


 その夜、不気味な静けさの中、村の男たちが
 キャロラインさんの家の様子をうかがいながら
 闇の中に立っていました。

 キャロラインさんはそれを知るとお茶の用意をし、
 テーブルにはケーキを置き、お客を迎えるための椅子を並べてから、
 心を静めて玄関を開け、声を和らげて親しげにこう語りかけました。

 「ご近所の皆さん、どうぞお入り下さい。
 お茶の用意ができていますから」


 殺気だって闇の中に立っていた男たちは予想外の展開に面くらい、
 気勢をそがれ、仕方なくぞろぞろと部屋の中に入ってきました。

 部屋の中にはパーティのようにお茶の用意が調えられていました。

 彼らはキャロラインさんの親切で暖かいもてなしを受けると、
 何もしないで、一人、また一人と立ち去っていったそうです。


 彼らが帰るとキャロラインさんは、全身の力が抜けてしまい
 ソファに腰を落としました。

 そして、助けられたことを神に感謝しました。


 その翌朝のことです。
 村には半年ぶりに雨が降り、干ばつは去りました。


 
    No temptation has overtaken you except what is common
  to mankind. And God is faithful; he will not let you be
  tempted beyond what you can bear. But when you are tempted,
  he will also provide a way out so that you can endure it.

BIBLE(1 Corinthians 10:13)

 〔あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものでは
  ありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることの
  できないような試練に会わせるようなことはなさいません。
  むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道
  も備えてくださいます。〕

       聖書(コリント人への手紙 第1 10章13節)
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by danueno | 2011-06-01 17:13 | 編集後記