「期待」(anticipation)の大切さ

前回は、「期待」(anticipation)の大切さについてお話ししました。

 英語では、フレーズごとに「次にどんな言葉がくるのかな?」と次を「期待」
 しながら、読んだり聞いたりすることが決定的に重要、ということでしたね。

 それはなぜかというと、この「期待」が、一見バラバラに並んでいるように
 見える、英語のフレーズを、相互に結びつける働きをするんです。

 つまり、「期待」は「フレーズの接着剤」ということでしたね。

 この辺りはとても大事なポイントなので、少し丁寧に復習してみましょう。

 まず、前回の例文をご覧下さい。


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  Henry and Anna Polivoda were active retirees until they were

hit while out for a walk in their Los Angeles neighborhood by a car

fleeing police because of missing license plates.

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 この英文をフレーズで句切り、SIM訳を付けると以下のようになります。

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 Henry and Anna Polivoda were active retirees …
ヘンリーとアナ・ポリヴォダは活動的に引退生活を送っていました

until they were hit …
彼らがはねられるまでは

while out for a walk in their Los Angeles neighborhood …
彼らのロサンゼルスの家の近辺を散歩中に

       by a car fleeing police …
        警察から逃げていた車に

         because of missing license plates.
       ナンバープレートが無いために(逃げていた)。

----------------------------------------------------------------------
                    

 上記の、それぞれのフレーズが接着するように、「期待」を用いてみまし
 ょう。
 
 わかりやすくするために、あえて内容を日本語のみで記すと、下記のよう
 な流れになります。期待する内容は(  )で表しています。


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 ヘンリーとアナ・ポリヴォダは活動的に引退生活を送っていました

           ↓

       彼らがはねられるまでは

        (いつはねられたの?)

                  ↓ 

彼らのロサンゼルスの家の近辺を散歩中に

              (何にはねられたの?)

   ↓
       
         警察から逃げていた車に

              (何で逃げていたの?) 
                   
                  ↓
        
       ナンバープレートが無いために。

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 このように書き表すと、フレーズの接着剤である「期待」の重要性が、はっ 
 きりと浮き彫りにされます。

 なぜなら、この「期待」を取っ払うと、文章は意味のつながらないフレーズ
 の羅列になってしまうからです。


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  ヘンリーとアナ・ポリヴォダは活動的に引退生活を送っていました、

  彼らがはねられるまでは、

  彼らのロサンゼルスの家の近辺を散歩中に、

  警察から逃げていた車に、

  ナンバープレートが無いために。

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 いかがでしょうか?

 何やら、スムーズに意味が通りませんよね。


 
 さて、上記の訳ですが、これは「SIM訳」そのものです。
 
 実は今日、私が皆さんにお話ししたいことは、この「SIM訳の特徴」なん
 です。

 何というか、SIM訳には、とても誤解されやすい一面があるんです。

 私が日頃残念に思うのは、「スーパーエルマーの変な訳(SIM訳のこと)
 に違和感があって入会しなかった」という感想を時々目にすることです。

 この誤解はどこから来るのでしょうか?

 …今までの説明で、もうおわかりですよね。

 「期待」を取っ払ってしまうと、SIM訳は意味のつながらないフレーズの
 羅列になってしまうからなんです。
 
 つまり、「SIM訳」と「期待」はワンセットであって、それを知らないと
 ただの「変な日本語」に過ぎないんですね。



 しかし、SIM訳に関する誤解の根は、実はもっと深いところにあります。

 それは、日本語と英語との間に横たわる越えがたい壁、渡ることのできない
 深い川に根ざしたものなんです。

 そのことについて、今日は少しお話ししてみます。

 ではここで、ちょっと実験してみましょう。

 前記のSIM訳を「返り読み」で組み替えると、どうなるでしょうか?


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  ヘンリーとアナ・ポリヴォダは、ロサンゼルスの家の近辺を散歩中に、
  ナンバープレートが無いために警察から逃げていた車にはねられるま
  では、活動的に引退生活を送っていました。

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 これは非常にすんなり納得できる訳ですね。
 ちょっとゴテゴテした文章ですが意味は通ります。

 それは、私たちが日本人だからです。

 日本人である私たちは、このような語順に、生まれたときから慣れ親しん
 でいるからです。



 日本語の基本形は、「いつ → 誰が → どこで → 何をした」です。

 たとえば、こんな感じです。


  「昨日、私は新宿に行きました。」
 

 実際には、この基本形を元にして、さらに付帯状況を挿入したり、順序を
 入れ替えたりと、さまざまなヴァリエーションがありえるでしょう。


  「私は、昨日、彼と会うために新宿に行きました。」

  「彼と会うために、昨日、私は新宿に行きました。」
 
  「私は新宿に、昨日、彼と会うために行きました。」 


 しかしいくら変化したように見えても、よくご覧下さい、動詞「行きました」
 は必ず文章の最後にありますね。

 …いかがでしょうか?

 実は、これが日本語の大原則なんです。

 日本語は、動詞(正確に言うと述語動詞)が、たいていの場合、文章の最後
 に来るという基本的な性質を持っているんです。
 
 そして、動詞さえ最後に来れば、その途中はどんなに入れ替わっても、私達
 日本人には違和感がありません。

 「終わり良ければすべて良し」ですね。動詞が最後に来さえすれば、どんな
 変化球にも私たちは耐えられるんです。



 でも、動詞を動かすと、どうしようもない。

      …あ、ダジャレです。失礼しました (^_^;)
 
 またちょっと、いろいろ実験してみましょう。

 まず、動詞はそのままの位置で、それ以外のフレーズを少し入れ替えてみ
 ましょう。


  「私は新宿に、彼と食事をするために、昨日、行きました。」

 これには違和感がありませんね。

 この程度の入れ替えは、会話でもよくあります。

 では、次にいよいよ、問題の「動詞の入れ替え」をしてみましょう。


  「私は行きました、彼と食事をするために、昨日。」


 これは変ですね。…決定的な違和感があります。

 その違和感の原因は、「動詞を動かしてしまった」ことにあるんです。
 「動詞が変な位置にある」、ということなんです。

 このように、日本語は「動詞が最後に来る」という大原則を無視すると、
 とたんに変になってしまう、これが日本語の一大特徴なんです。
 
 
 
 ところが、見てください。

 上記の変な日本語の語順は、「英語の語順」そのものなんです。


   I went to Shinjuku to meet with him yesterday.

   私は行きました…新宿に…彼と会うために…昨日。


 …いかがでしょうか?

 このように英語はたいていの場合、まず文頭にS+Vが来ます。

 「主語のすぐ次に述語動詞がある」、これが英語の大原則です。

 そして、このことが「動詞を最後に持ってきたい」という日本人の心情と、
 限りなくバッティングしてしまうんですね。
 
 いわば「神経が逆なでされる」というやつです…

 つまり英語というものは、その語順からして、もう生理的に、日本人には
 受け入れがたい言語なんです。

 ここに日本人の英語学習の難しさがあります。 :-)



    それを解決するものが…

         …「期待」(anticipation)なんです…

                     …この続きはまた次回。

    
                 ご期待ください! \(^o^)/
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by danueno | 2005-12-15 17:22 | SIMうんちく


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