「自分」の奴隷となってはいけません

 先週は、「人間の奴隷となってはいけません」
 ということを書きました。
 
 この問題で結構悩んでいる方が多いので、今日は、その続きを
 お話したいと思います。


 前回書いたことは、人の目を気にしたり、どう思われているのだろうと
 気に病む「人間の奴隷」状態から解放されなければならない、
 ということでした。

 私達は、誰かの奴隷になる必要はないからです。


 ところが、その一方で、私達が「他人という人間の奴隷」では
 ないにしても、「自分という人間の奴隷」になっていないで
 しょうか?


 奴隷の反対は自由人でしょう。

 人間は「完全な自由」にあこがれます。

 何者にも束縛されず、好きなことを好きなようにしたい、
 という願望は誰しもが持つものでしょう。


 しかし私達が、何者にも束縛されず、好きなことを好きなように
 した結果、それで幸せになれるとは限りません。

 むしろ、自由度が増せば増すほど、それは底なしの放埒につながり、
 欲望が無制限に広がって、コントロールを失ってしまうことに
 なりかねません。

 その原因は、人間の心の奥にひそむ罪にある、と聖書は語ります。


 聖書で言う罪とは、殺人、窃盗、詐欺といった、世間一般で
 言われるところの「犯罪」ではなく、むしろ、それらの根っこに
 潜む人間の「自我」と言いかえても良いでしょう。

 その罪によって、人は憎み合い、殺し合い、戦争をします。
 聖書は、人間のこのような状態を「罪の奴隷」と呼びます。

 
 私達が「罪の奴隷」状態から解放されるためには、どのように
 すれば良いのでしょうか?

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  あなたがたはこのことを知らないのですか。
  あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、
  その服従する相手の奴隷であって、あるいは罪の奴隷となって
  死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至るのです。

            聖書(ローマ人への手紙 6章16節)

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 聖書は、「従順の奴隷」になりなさいと勧めます。

 神様を信じ、神様に従いなさい、ということです。
 
 そして、私達が従うべき神様とは、私達をしいたげたり、
 痛めつけるのではなく、私達を愛し、憐れみ、「罪の奴隷」から救い
 出すために、十字架について死んでくださったお方なのです。

 これで、「罪の赦し」の代価が支払われました。



          <今日の英語の聖句>

   For he has rescued us from the dominion of darkness and
brought us into the kingdom of the Son he loves, in whom we
have redemption, the forgiveness of sins.   

        Bible(Colossians 1:13)


〔神は、私たちを暗やみの圧制から救い出して、愛する御子の
  ご支配の中に移してくださいました。この御子のうちにあって、
私たちは、贖い、すなわち罪の赦しを得ています。〕

 聖書(コロサイ人への手紙 1章13節)
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by danueno | 2011-12-07 17:12 | 編集後記


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