日本語の中にある男尊女卑

 とあるサイトで、面白い記事を見ました。

 日本語の中にある「男尊女卑」的な表現が集めてあるのです。

 こんな感じです(↓)


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 ●「主人」、「亭主」 … 男だけに言われるが、
              女性は主人になれないの?

 ●「家内」 … 女性は家に居なければならないの?

 ●「愚妻」 … 愚夫という言葉がないのは不公平では?

 ●「妻帯者」 … 夫帯者という言葉がないのは不公平では?

 ●「男女、夫婦、夫妻」 … 何で男が先なの?

 ●「女々しい」 … 男を侮辱するのに使われるが、「雄々しい」
           となると男の誉め言葉になる。これって何?

 ●「男勝り」(女性)、「女の腐ったの」(男性)
              … まさに男尊女卑です 

 ●「女のくせにそんなかっこうして」「男のくせにめそめそしないの」
  「女は出しゃばるな」 … 典型的な「男尊女卑」的表現

 ●「女だてらに」「大の男が」 … これも男尊女卑だよね


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 うーん、面白いですねー。

 確かに、日本語の中には男尊女卑的な表現が目に付きますが、

 これは、日本古来の社会のありかたが男性上位であった、

 ということなのでしょう。


 そしてさらに、これは日本だけの現象ではなく全世界的なもので、

 人類の歴史の始めからあらゆる場所で、女性はしいたげられてきた、
 
 ということが言えるのでしょう。


 その反動として、「性別による差別や区別の壁を取り払うべきだ」

 というウーマン・リブ運動が起こったわけです。


 これにより、極端な男尊女卑は是正される方向に世の中が向かいます。

 それはそれで良いことなのでしょう…。



 ところで、聖書では、男性と女性について興味深い記述があります。

 それは、男性も女性も「ふたりで一人前」ということです。


  “創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです。
 
   それゆえ、人はその父と母を離れて、ふたりの者が一心同体に

   なるのです。それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。”

              (聖書 マルコ伝 10章6節)


「もはやふたりではなく、ひとりなのです」とは、

 男性も女性も配偶者の存在によって、はじめて一人前になる、

 ということです。


 むろん聖書は、「独身者は半人前だ」といった類のことを

 言いたいのではありません。


 そうではなくて、聖書は「男と女どちらが偉いのか」とか、

「どちらが優れているのか」といった不毛な議論から私たちが自由になり、

「夫の存在が妻を生かし、妻の存在が夫を生かす」という

本来の男女のあり方を知って、助け合い愛し合って欲しい、

 ということなのだと思います。

 
 もはやふたりではなく、ひとりなのです。
 
 つくづく良い言葉ですねー。




     At the beginning of creation God made them male and

 female. For this reason a man will leave his father and mother

 and be united to his wife, and the two will become one flesh.

 So they are no longer two, but one.

                Bible(Mark 10:6)


 〔創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです。
  それゆえ、人はその父と母を離れて、ふたりの者が一心同体に
  なるのです。それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。〕
                 聖書 (マルコ伝 10章6節)
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by danueno | 2010-07-29 10:01 | 編集後記


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